投資信託とETF観察記
保有している海外ETFの損益速報を中心に資産運用ネタを綴っています。
バブル事例 〜その4〜
以下、引用------------------------------------------

<バブルの歴史4:鉄道バブル>

今回のバブルの舞台もイギリスです。時は1840年代、日本ではペリー来航10年前、天保の改革が行われていた頃です。

1820年代にイギリスで蒸気機関車が登場しましたが、当時の世間の反応は蒸気機関車に対する誤解からか、冷たかったようです。機関車が走れば、牛は草を食べなくなり、鶏は卵を産まなくなる。そして1時間に25キロのスピードで走るのだから、旅客は死んでしまう、などです。

それが1842年ごろになると鉄道のもたらす大きな変化が徐々に理解されるようになります。反対していた地主も鉄道路線に近いと地価が上がることに気づき、鉄道は歴史上かつてなかったほどの進歩をもたらす革命だと騒がれ始めるのです。

その頃に鉄道王と呼ばれるヨーク市出身のジョージ・ハドソンが現れます。鉄道の父のスティーブンソンを説得し、ヨーク市を北西部鉄道網の中心に無理やりします。そしていよいよ熱狂が始まります。1844年後半は経済状態は極めて良好であり、金利はそれまで100年近くで最低水準であり、豊作が続いたおかげで、穀物は安く豊富にありました。鉄道の建設費は低下し、鉄道会社の売り上げは急増し、配当も10%を出すほどになっていきます。

そしてマスコミは鉄道会社の新線建設計画を広告費の見返りとして無条件に支持し、提灯記事を論説面に書きます。またいつものように、このバブルでも銀行の過剰融資が起こります。鉄道株を担保にその担保価値の80%まで融資を競い合います。

バブルに巻き込まれた有名人の中には「嵐が丘」の作者エミリー・ブロンテもいました。
そんな中に、「タイムズ」はこの鉄道バブルの非合理性を指摘していますが、表現がユニークです。"ふたりで互いに胴上げをしあえば、ふたりとも空中高く飛んで行けると考えるのは子供だけだ。"と鉄道バブルを一蹴しています。

1845年10月にイングランド銀行が金利を0.5%引き上げると、それを号砲の合図にして、新規公開株が暴落し始めます。そして1846年の不作により、さらに景気が悪化します。そして1848年までに鉄道株の時価総額が2億3000万ポンド減少します。これは当時のイギリスの国民所得の半分にもあたります。

鉄道王といわれたジョージ・ハドソンは債権者から逃れるために、ヨーロッパ大陸に移り、債務者監獄で最後を迎えます。一時は数百万ポンドの資産を誇ったハドソンのポケットには200ポンドが残っていただけでした。

引用、終わり------------------------------------------

出展:
プライベート・ファイナンシャル・プランナー
資産コラム
http://www.gaiainc.jp/kojin/column/backnumber/051.html
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